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最高裁判所第一小法廷 平成8年(あ)18号 決定 1996年3月07日

本籍

宮城県柴田郡川崎町大字前川字本町六五番地

住居

同所字中道北八七番地の一

建設会社役員

佐藤晧夫

昭和一七年三月二四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成七年一一月三〇日仙台高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人増田隆男、同内田正之の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、原判決は、所論指摘の事実を実質的に処罰する趣旨ではなく、単に量刑に関する一情状として考慮したにとどまるものであることが判文上明らかであるから、所論は前提を欠き、その余は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 藤井正雄)

平成八年(あ)第一八号

上告趣意書

被告人 佐藤晧夫

右の者に対する所得税法違反被告事件についての上告趣意は、左記のとおりである。

平成八年二月一〇日

弁護人 増田隆男

同 内田正之

最高裁判所第一小法廷 御中

第一点

原判決の刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 所得税法逋脱犯における量刑の基準

1 所得税逋脱犯における量刑の基準につき、東京高裁平成六年三月四日判決(判例時報一四九九号一三五頁)は「納税義務者自身が行為者である場合の所得税逋脱犯に対する従前の科刑の実情を通観するに、概ね逋脱額の大小に見合う懲役刑が科せられているほか、ほとんど例外なく逋脱額の一定割合の罰金刑が科せられるという運用が確立されており、特段の合理的事由の認められない限りこれに反する量刑は相当性を欠くものというべきである。」とする。

2 本件の逋脱額は五〇〇〇万円台であるところ、「所得税法違反・法人税法違反量刑調査表(最高裁判所事務総局、平成五年三月刑事執務資料第九号)」によればほぼ同額の逋脱事例は九事例あり(以下「調査表事例」と呼ぶ)、逋脱額に対する罰金額の割合の平均値は二五・四七パーセントである。

3 しかるに本件事案では、罰金一五〇〇万円で、罰金額の逋脱額に対する割合は二九・七二パーセント(小数点第三位を四捨五入)であり、後述の本件事案の特殊性を併せて考慮すれば原判決の量定は甚だしく不当である。

二 「調査票事例」の事案と本件事案との対比

1 まず、「調査表事例」の事案は、納税義務者自身が行為者であり、逋脱による不法の利益の帰属主体であるが、本件事案では、逋脱額の約二分の一にあたる分については、納税義務者自身が行為者ではない。この点を原判決は看過している。

2 次に、「調査表事例」事案は、そのほとんどが、納税義務者自身が申告年度を通じて自己の営業行為に関して、脱税のための工作を繰り返し、しかもそれが三ないし四会計年度を通して行われた事案である。平たくいえば、数年間にわたり常習的に脱税行為を繰り返していたという事案である。しかるに、本件事案は、営業行為とは無関係の、一回限りの不動産取引にかかる脱税行為であり、しかも、右取引の目的は物上保証している会社債務の弁済資金の調達にあり、自己の資産の増加にはつながらない事案である。

すなわち、本件事案は「調査表事例」事案に比しても、犯行の計画性、範囲の常習性、継続性が稀薄である。

三 保証債務の履行と資産の譲渡における譲渡所得非課税措置(所得税法64条第二項)の趣旨と本件事案との対比

1 所得税法は、(物上)保証債務履行のために資産を譲渡し、その履行に伴う求償権の全部または一部を行使することができないこととなったときは、その行使不能の金額について譲渡所得がなかったものと見なすことにしている(所得税法六四条第二項)。求償権の行使が実質的に不可能であるにもかかわらず譲渡所得税を課するのは(物上)保証人に酷な結果となるからである。

2 本件事案についていえば、被告人はまさに自分が物上保証をしている株式会社の借入債務の弁済に当てるために不動産を売却したのであり、この点は、検察官も認めている。しかも、右株式会社に対する求償権の行使は困難であることは明らかなのである。

3 このように、本件の被告人の不動産譲渡所得については、所得税法上も、あとわずかの条件が揃えば保証債務の履行における非課税措置が認められる状況にあった。

所得税法違反は違反としても、かかる状況下において、修正申告に基づく差額納税、延滞税、更には重加算税に加えて、罰金を併科するのは前記保証債務の履行における非課税措置を認めている所得税法の趣旨に照らしてバランスを失する量刑判断というべきである。少なくとも、「調査表事例」の平均的罰金額を著しく越えるには合理的理由がない。

第二点

原判決には憲法第三一条の違反があり、原判決は破棄されなければならない。

1 原判決が、「調査表事例」の平均的罰金額を著しく越える罰金を科したのは、被告人の余罪たる国土法違反行為を考慮した結果であると解されないわけではない。余罪を量刑の判断に際し、重くする事由として考慮すること自体は是認されるからである。しかし、起訴されていない余罪(本件もそうである)を実質的に処罰する趣旨で量刑に反映させることが許されないことは判例の示すとおりである(最判昭和四一七月一三日刑集二〇巻六号六〇九頁)。刑事手続における適性手続を定めた憲法三一条に反するからである。

2 ところで、本件関連での国土法違反の刑罰規定によれば「六月以下の懲役または百万円以下の罰金」が法定刑である。したがって、懲役刑で考慮する場合は別として、法人税法違反において罰金刑を併科するに際して、国土法違反の点がない場合よりも、罰金額を百万円単位で重くするとすれば、それはまさに国土法違反の点を実質的に処罰することに他ならないのである。

3 本件事案において、「調査表事例」事案の平均的罰金額を著しく越える罰金を課すことはまさしく被告人の国土法違反行為をも実質的に処罰する趣旨でなされたものと思われ憲法三一条に違反する。

結論

1 こうしてみると、本件事案は、<1>本来被告人自身が納税義務を有する部分の逋脱額は起訴された逋脱額の約二分の一である点、<2>脱税行為の非計画性、犯意の脆弱さ<3>反復・継続性がいずれも否定される点、<4>「不法の利益」取得意図の現実的稀薄さ(保証債務の履行目的)<5>保証債務の履行における非課税措置の趣旨とのバランス、のいずれよりしても、「調査表事例」の事例よりも量刑上軽く扱われてしかるべきであり、原判決の刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

2 また、本件事案の刑の量定が「調査表事例」と比較して著しく重いのは、起訴されていない余罪を実質的に処罰する趣旨で考慮されたがためである疑いがあり憲法三一条に違反する。

よって原判決の破棄を求める次第である。

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